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天皇の降伏決断が遅すぎた。『もう負けました。降参です』と早くおっしゃれば、沖縄でもたくさんの人が死ななかったかもしれない

米軍普天間基地移設・新基地建設をめぐり、政府との間の対立が更に表面化している沖縄県では、琉球独立論が活発化している。米軍は戦後、沖縄の復帰運動をアメリカの施政権に対する挑戦とみなし、厳しく弾圧した。しかし時とともに高まる復帰の声に、アメリカ政府は沖縄政策の見直しを余儀なくされた、という歴史がある。なぜ今、27年間におよぶアメリカ統治の末に悲願の日本本土復帰を果たした沖縄で、独立論が広がっているのか。この背景について、琉球大学法科大学院・高良鉄美(たから・てつみ)教授は、次のように述べている。

情報源: 政府の政策が変わらない限り、琉球独立論は高まっていくだろう

家族3人を沖縄戦で亡くした平良啓子さんがインタビューに答えた。平良さんは、戦闘の訓練を受けていない沖縄の民が無残に殺されたといい、「(昭和)天皇(の降伏決断)が遅すぎた。『もう負けました。降参です』と早くおっしゃれば、沖縄でもたくさんの人が死ななかったかもしれないという思いがある」と胸の内を明かした。 平良さんは昨年、天皇陛下と面会する機会があったが拒否したという。沖縄戦の犠牲者のことを想うと「天皇とか、そういう人たちに会うのは嫌」だというのだ。



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